神戸に生まれ播磨で育ちました。
 学生時代は明石の高専を経て大学では海洋学関係を専攻。
 高専では論理的な思考と技術者としての基本を、高知の大学では自然の素晴らしさと自然を学ぶこと大切さを学びました。

 社会に出てからは、技術の移り変わり、勤め先の倒産などの社会情勢に流されながら、エンジニアから兼任webディレクターへ、そしていろいろなご縁があり現在は兼カメラマンへと。

 写真は祖父に巻き込まれて中学生の時から撮影しています。
 人生なにがあるかわからないけれど努力を続ければなんとかなる、何を学んでも役に立つ時が来る、を身をもって体験しています。

カメラマン、写真家として

 『写真を撮る前の段階』を大切にしています。
 『なぜ』『なにを』『なんのために』『誰のために』等を考えることにより、被写体の捉え方が変わります。

 広告などの用途での写真の主な目的は「見た人の心をつかむこと」です。
 人の心に響く写真に、最も必要なものは『被写体への愛情』です。
 そのためにも準備、構想段階からの時間を大切にしています。

 私が好きなものを好きなように撮影した写真を提供する形と、ご依頼で取り下ろす形があります。
 後者の場合は、ご依頼の趣旨を理解した上で、過去のゼロからモノを作る経験を活かして、アイデアの段階から写真に関わっています。

写真提供先

啓林館、学研、小学館、世界文化社、鈴木出版、資生堂、三井住友信託銀行、明治、大阪シティ信用金庫、シダックス、宮城県民共済、日本エージェンシー、NHK等

WEBディレクター、クリエイターとして

 1997年からweb技術習得のために独学でホームページの作成と運営を始めました。
 その頃は自分の好きなことに関するHPを無償で作成している人が多く、内容のあるものが多かった記憶があります。

 2000年代に入ってアフィリエイト(広告)で収入を得ることができるようになった時、薄っぺらい内容でひたすらPVを稼ぐ効率をあげようとするHPが増えました。「見せたいもの(お金になるもの)を見せるHP」です。時代の流れであったのでしょう。

 しかし、上場企業のオンラインストアのwebエンジニア兼ディレクターを担当した際、『企業が見せたいこと』から『ユーザーが見たいもの』への意識を強く持たなければいけないことに気がつきました。『見たいものを見て頂いた上で、見てもらいたいものをまぜていく』のです。

 辿り着いたのは、商売の基本である『顧客目線』ということでした。

 実務的には『ユーザビリティの向上』『SEO』『SNSの活用』『リピート率向上』『迅速な出荷のための現場の省力化』などを行いました。結果、年商2億円・赤字2千万円を、3年間で年商4億円・黒字3千万円に改善しました。

 webを作るときは、読者の立場になって作ることを意識しています。
 「読者のために」程度では弱く「自身が読者となって」考えることが必要です。

 大切なことは『真摯に、シンプルに』

 この長文をここまで読んで頂けていることは、読者の方には『知りたいことを知る』経験になり、私にとっては『自己紹介をする』という目的達成になります。こうしたお互いを大切にするスタイルでありたいのです。

技術者としての過去の仕事

 守秘義務だらけなので具体的に書けないことをお許しください。
「工場で製品を作る機械のプログラム」「環境計測管理のシステム」「生産管理のシステム」「販売管理のシステム」等です。上記のオンラインショップでもwebの技術を担当していました。

 20代から30代後半まで、1ヶ月に400時間働くことを普通と思っていたSEを経験しています。昔は様々な業種で、今よりずっと働いていましたよね。大変でしたが、やりがいがあり楽しい時間でした。今でも全く後悔していない貴重な時間でした。

経歴

 明石工業高等専門学校電気工学科中退
 高知大学農学部栽培漁業学科卒 水産土木学講座で海洋学関連を研究、卒論を学会発表
 エンジニア歴30年、写真歴35年。業務として撮影を始めて15年。

私の概略

 『子供たちの表裏のない心からの表情』と『ありのままの自然』が好きな、カメラマン兼エンジニア兼業クリエーターです。
 子供たちからは「素直に生きよう」ということを、自然からは「ひとりひとりは無力」ということを学んでいます。

 何事も愚直に王道を進むことが、遠回りのようで最短距離だと思います。
 駆け引きは苦手です。距離感が自然な人との交流が楽しいです。

 私たちが今生きている社会は『過去に生きた人たちから預かっている』のだと私は思います。
 企業としては収益を求めることは当然です。
 だからこそ「より良い社会にして子供たちに渡したい」そう考える人、企業を、微力ですが応援します。

代表 Genzo Yasuoka